
なぜ人は痛いところを「さする」のか?「手当て」に隠された本能的な理由
「痛いの痛いの飛んでいけ」は世界共通の文化

子どもの頃、転んで泣いていると、お母さんやお父さんが「痛いの痛いの飛んでいけ」と言いながら、やさしく患部をさすってくれた記憶はありませんか。
不思議なことに、それだけで少し安心し、痛みまで和らいだように感じた方も多いと思います。
実は、このような習慣は日本だけではありません。
英語圏では「Fly away, pain!(痛みよ、飛んでいけ)」や「Let me make it feel better(楽になるようにしてあげるね)」と言いながら患部をなでる文化があります。
ラテンアメリカにも、子どもを安心させながら患部をさする昔からのおまじないがあります。
言葉や文化は違っても、「痛い場所に手を当てる」という行動は世界中で共通して見られます。
それだけ、人は痛みを感じたときに「触れる」という行動を自然に選んできたのでしょう。
「手当て」という言葉が教えてくれること
日本語の「手当て」という言葉も、とても興味深い表現です。
現在では治療や看護を意味する言葉として使われていますが、その語源は文字どおり「手を当てること」とされています。
医療機器も薬も十分ではなかった時代、人々は痛む場所へ手を当て、温もりを伝え、身体をいたわってきました。
東洋医学でも、皮膚は身体全体の状態を映し出す大切な場所と考えられており、やさしく触れることで身体のバランスを整えるという考え方が古くから受け継がれています。 もちろん、当時は神経の働きまで分かっていたわけではありません。しかし、長い年月の中で「やさしく触れることが身体に良い影響を与える」という経験は、多くの人々によって積み重ねられてきたのです。
なぜ私たちは自然と手を当てるのでしょうか
では、なぜ人は痛みを感じると自然に手を当てるのでしょうか。
現在では、いくつかの理由が考えられています。
まず一つは、皮膚へのやさしい刺激が痛みの伝わり方に影響を与えることです。触れられたという感覚が脳や脊髄へ伝わることで、痛みの感じ方が変化すると考えられています。
二つ目は、安心感です。信頼する人に触れられたり、自分自身で患部をやさしく包み込んだりすると、緊張していた身体が少し落ち着き、痛みに伴う不安が和らぐことがあります。
そして三つ目は、身体を守るための反応です。手で覆うことで患部を保護し、温め、これ以上傷つけないようにする働きもあると考えられています。
このように、「さする」という何気ない行動には、身体を守ろうとするさまざまな仕組みが関わっています。
そして近年、その仕組みの一端を明らかにしたのが、今回ご紹介する九州大学の研究です。
九州大学の最新研究で見えてきた「さすると痛みが和らぐ」仕組み
「痛いところをさすると少し楽になる。」
この現象は、多くの人が経験的に知っていました。
しかし、「なぜ痛みが和らぐのか」という仕組みは、長い間はっきりとは分かっていませんでした。
今回、九州大学の研究グループは、皮膚へのやさしい刺激が痛みの伝わり方にどのように影響するのか、その一端を神経レベルで明らかにしました。
私たちが昔から当たり前のように行ってきた「さする」という行動を、現代の神経科学が少しずつ説明できるようになってきたと言えるでしょう。
やさしい刺激を感じ取る神経が見つかった
今回の研究で注目されたのは、皮膚をやさしくなでたり、さすったりしたときに反応する触覚神経です。
研究では、この神経が毛包(毛穴の周囲)に多く分布し、やさしい刺激を受け取ると脊髄へ情報を送ることが確認されました。
この神経が働かなくなると、普段は感じられる「さすると痛みが和らぐ」という効果が弱くなることも示されました。
つまり、私たちの身体には、やさしい皮膚刺激を利用して痛みを調節する仕組みが備わっている可能性が示されたのです。
※論文では、この神経を「Npy2r-Cre陽性触覚神経」と呼んでいますが、本記事では分かりやすく「やさしい刺激を感じ取る触覚神経」と表現します。
痛みは脊髄でコントロールされていた
では、皮膚への刺激はどのように痛みに影響するのでしょうか。
研究では、おおまかに次のような流れが確認されています。

- さする刺激の入力:皮膚をやさしく撫でると、毛根付近にある「Npy2r-Cre神経」が反応します。
- 脊髄への信号伝達:その信号が神経線維を通り、背骨の中にある「脊髄(せきずい)」へと送られます。
- ブレーキ役の起動:脊髄に届いた信号は、痛みを抑える働きを持つ「抑制性インターニューロン(抑制性神経)」を活性化させます。
- 痛み信号の遮断:活性化したブレーキ役の神経が、患部から脳へ向かおうとする「痛み信号(痛覚)」の伝達をその場でブロックします。
つまり、痛みが脳へ届く前に、脊髄でブレーキがかかる仕組みが働いていると考えられています。
「さすると少し楽になる」という日常の経験は、このような神経の働きによって説明できる可能性があるのです。
ゲートコントロール理論との違い

「触れると痛みが和らぐ」という考え方自体は、新しいものではありません。
1965年には「ゲートコントロール理論」が提唱され、触覚の情報が脊髄で痛みの伝達を抑えるという考え方が広く知られるようになりました。
今回の九州大学の研究が興味深いのは、その理論をさらに一歩進め、どのような触覚神経が働き、どのような神経回路を通って痛みが調節されるのかを詳しく調べた点です。
もちろん、今回の研究はマウスを用いた基礎研究であり、人でまったく同じ仕組みが働くと断定できる段階ではありません。
それでも、「やさしく触れることが痛みの感じ方に影響する」という現象を理解する上で、大きな手がかりになる研究と言えるでしょう。
では、この研究は実際の鍼灸や整体とどのようにつながるのでしょうか。
当院でも、こうした皮膚へのやさしい刺激を重視した触圧覚刺激の考え方を施術へ取り入れています。
皮膚刺激と鍼灸・整体の関係 臨床で感じてきたことと最新研究
今回の九州大学の研究は、「皮膚へのやさしい刺激が痛みの感じ方に影響する仕組み」の一端を明らかにした基礎研究です。
一方、鍼灸や整体の現場では、昔から「皮膚への刺激」を大切にした施術が行われてきました。
もちろん、東洋医学は神経科学を前提として発展してきたものではありません。
しかし、長年の臨床経験の中で積み重ねられてきた「やさしく触れることで身体が変化する」という知見を、現代の神経科学が少しずつ説明し始めているようにも感じています。
25年以上の臨床で感じてきた「感覚入力」の大切さ
私は25年以上、多くの患者さんの施術に携わってきました。
その中で繰り返し感じてきたことがあります。
それは、強い刺激よりも、皮膚へ適切な感覚を伝える触圧覚刺激のような穏やかな刺激の方が、身体が素直に反応することが多いということです。
当院では、必要以上に強く押したり、無理に矯正したりする施術は基本的に行いません。
触圧覚刺激を用いた皮膚へのやさしい刺激や、ごく浅い接触鍼、身体の状態に合わせた繊細な刺激を通して、身体が本来持つ反応を引き出すことを大切にしています。
「強く押さなければ効かない。」
そう思われていた患者さんが、皮膚へやさしく触れただけで表情が和らぎ、呼吸が深くなり、動きまで自然に変わっていく。
そんな瞬間に、私はこれまで何度も立ち会ってきました。
今回の研究を読み、「皮膚からの感覚入力」が身体に与える影響について、さらに理解が深まるのではないかと感じています。
やさしい刺激だからこそ身体は受け入れやすい
皮膚への刺激は、痛みだけではなく、身体全体の緊張にも影響すると考えられています。
心地よい刺激を受けると、呼吸がゆっくりになったり、身体の力が抜けたりした経験がある方も多いのではないでしょうか。
こうした変化には、筋肉の緊張や自律神経の働きが関係している可能性があります。
もちろん、その仕組みについては現在も研究が続いています。
しかし臨床では、「やさしい刺激ほど身体が自然に受け入れやすい」という場面を数多く経験します。
私は、その反応を大切にしながら施術を組み立てています。
「強い刺激ほど効く」とは限りません

「しっかり揉んでもらった方が効く。」
「バキバキと音が鳴る方が治った気がする。」
そのように感じる方も少なくありません。
一方で、強い刺激は身体にとって負担となり、防御反応として筋肉がさらに緊張してしまうこともあります。
また、刺激が強すぎることで施術後に痛みやだるさが残る、いわゆる「揉み返し」が起こることもあります。
もちろん、刺激の強さが必要な場面もあります。
しかし、大切なのは「強さ」ではなく、その方の身体に合った刺激を選ぶことです。
今回の九州大学の研究も、やさしい皮膚刺激が身体へ与える影響を示したものです。
私はこれからも、身体が無理なく受け入れられる刺激を大切にしながら、一人ひとりに合わせた施術を続けていきたいと考えています。
【誤解に注意】「さするだけですべてが治る」わけではありません
今回ご紹介した九州大学の研究は、「やさしい皮膚刺激が痛みの感じ方に影響する仕組み」の一端を明らかにした、とても興味深い研究です。
一方で、この研究だけを見て「皮膚をさするだけで、どんな痛みも治る」と考えるのは正確ではありません。
研究成果を正しく理解し、ご自身の健康に役立てるためにも、知っておいていただきたいことがあります。
基礎研究として理解することが大切です
今回の研究は、マウスを用いて神経の仕組みを調べた基礎研究です。
そのため、人でもまったく同じ仕組みが働くと断定できる段階ではありません。
また、この研究で示されたのは、「痛みの感じ方を調節する仕組み」の一つです。
骨折や感染症、腫瘍、重い炎症など、痛みの原因そのものを取り除くことを示した研究ではありません。
だからこそ、この研究は「万能な治療法が見つかった」という話ではなく、「私たちの身体には痛みを調節する仕組みが備わっている可能性がある」と理解することが大切です。
痛みの原因を見極めることが最優先です
痛みは、身体からの大切なサインでもあります。
強い痛みが急に現れた場合や、しびれや発熱、力が入りにくいなどの症状を伴う場合は、まず医療機関で適切な診察を受けることが大切です。
レントゲンやMRI、血液検査などによって、骨折や内臓疾患、神経の障害など、治療を急ぐ病気が隠れていないかを確認する必要があります。
一方で、検査では大きな異常が見つからないものの、痛みや不調が続く方も少なくありません。
そのような場合には、身体全体のバランスや筋肉の緊張、生活習慣、自律神経などにも目を向けながらケアを行うことが役立つ場合があります。
私は日頃から、必要に応じて医療機関との連携を大切にしながら施術を行っています。
当院が大切にしていること
痛みは、神経だけで決まるものではありません。
身体の使い方、筋肉や関節の状態、ストレス、睡眠、生活環境など、さまざまな要因が重なり合って現れることがあります。
そのため当院では、「痛い場所だけを見る」のではなく、「なぜその痛みが続いているのか」を一緒に考えることを大切にしています。
問診や検査を通して身体の状態を確認し、その方に合った皮膚刺激や鍼灸、整体を組み合わせながら、本来の身体の働きを引き出すお手伝いをしています。
今回の九州大学の研究は、私自身が臨床で大切にしてきた「皮膚から身体へ適切な感覚を伝える」という考え方を、改めて見つめ直すきっかけになりました。
今後も新しい研究を学びながら、一人ひとりの状態に合わせた施術を積み重ねていきたいと考えています。
まとめ~皮膚へのやさしい刺激が教えてくれる身体の力~
今回ご紹介したように、「痛いところをさすると楽になる」という昔から知られていた現象は、近年の神経科学によって少しずつその仕組みが明らかになってきました。
もちろん、この研究だけですべての痛みを説明できるわけではありません。
しかし、私たちの身体には、やさしい皮膚刺激を利用して痛みを調節しようとする仕組みが備わっている可能性が示されたことは、とても興味深い発見だと感じています。
今回のポイント
今回の記事でお伝えしたかったことを、最後に振り返ってみましょう。
- 人は痛みを感じると、世界中で自然に「さする」「手を当てる」という行動をとります。
- 九州大学の研究では、やさしい皮膚刺激が痛みの伝わり方を調節する仕組みの一端が明らかになりました。
- この研究はマウスを用いた基礎研究であり、そのまま人に当てはめられるわけではありません。
- それでも、「やさしく触れること」が身体に与える影響を理解する上で、大きな手がかりとなる研究です。
- 痛みの原因は一つではなく、身体全体を見ながら適切な方法を選ぶことが大切です。
私がこの研究から感じたこと
私は25年以上、触圧覚刺激の考え方による皮膚へのやさしい刺激を大切にした施術を続けてきました。
その中で、「強い刺激で身体を変える」のではなく、「皮膚から身体へ適切な感覚を伝えることで、本来の働きを引き出す」という考え方を大切にしています。
今回の研究は、その考え方をそのまま証明したものではありません。
しかし、臨床で長年感じてきたことを、現代の神経科学が少しずつ説明し始めているように感じました。
研究は日々進歩しています。しかし、どれほど新しい知見が生まれても、患者さん一人ひとりの身体を丁寧に見極めることの大切さは変わりません。
最新の知見と臨床経験の両方を大切にしながら、これからも皆さまの健康を支えていきたいと思っています。
お困りの方へ
身体の痛みや不調は、単に痛む場所だけを見ても解決できないことがあります。
関節や筋肉の状態だけでなく、生活習慣やストレス、睡眠などが影響していることも少なくありません。
当院では、問診や検査を大切にしながら、その方に合った皮膚刺激や鍼灸、整体を組み合わせ、一人ひとりに合わせた施術を行っています。
「病院では大きな異常はないと言われたけれど、不調が続いている」「どこへ相談したらよいか分からない」
そのようなお悩みがありましたら、お気軽にご相談ください。
身体の痛みや不調は、単に痛む場所だけを見ても解決できないことがあります。
関節や筋肉の状態だけでなく、生活習慣やストレス、睡眠などが影響していることも少なくありません。
当院では、問診や検査を大切にしながら、その方に合った皮膚刺激や鍼灸、整体を組み合わせ、一人ひとりに合わせた施術を行っています。
「病院では大きな異常はないと言われたけれど、不調が続いている」「どこへ相談したらよいか分からない」
そのようなお悩みがありましたら、お気軽にご相談ください。
触圧覚刺激について
本記事では「皮膚へのやさしい刺激」という表現を用いてきました。
医療やリハビリの分野では、このような皮膚への穏やかな刺激を「触圧覚刺激(しょくあつかくしげき)」と呼ぶことがあります。
強く押したり刺激したりするのではなく、皮膚に心地よい感覚を伝えることで、身体が本来持つ反応を引き出そうとする考え方です。
今回ご紹介した九州大学の研究は、触圧覚刺激法そのものを検証したものではありません。しかし、皮膚へのやさしい刺激が身体へ与える影響を理解するうえで、とても興味深い研究だと私は考えています。